2020年 仮想通貨はこう動く!

      金融政策が可能な「公共性」でコインは安定
                                 2020.1.1(水) 伊東 乾

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58811?page=5

 日本としては「オリンピック・イヤー」の2020年が明けました。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 オリンピックの経済効果は ローカルなもので、 グローバル経済の

大きいトレンドとは無関係に 国内に負債は残るでしょう。  それが

グローバルに影響など及ぼさないことを祈りつつ、 本稿では 正味の

「グローバル経済」での、特殊な「先行見通し」を解説したいと思います。

 

  「仮想通貨」の見通しを考えてみましょう。

 といっても、ビットコインに代表される「暗号通貨」は、すでに

特殊な証券商品として 定着しており、通貨としては 流通し得ないもの

であることが理論的に証明されています

 以下では 主として 2019年6月18日にフェイスブックが公開し、

直後から米国を中心に激しい反発を呼び起こしている LIBRA提案を軸に、

基礎的な内容を記します。

 以下の内容は 東京大学と フェイスブックが出資する ミュンヘン工科大学AI倫理

研究所との共同研究の成果を平易に解説するものです。

フェイスブック にとっては、かなり厳しい内容も含まれており、過不足なく

サイエンティフィック な議論としてとらえていただければと思います。

 

グローバル通貨とローカル通貨

 

 ビットコイン などの暗号通貨が 大きく取沙汰されるようになったのは 

2013~14年以降のことと思います。 私自身も 2014年に初めて これを

認識、2015年から ハーバード大学ケネディ校との共同研究を開始しました。

 同じボストンの街でも、ハーバードで 私たちが取り組んだのは

「アフリカ貧困撲滅に ブロックチェーンがどう活用可能か?」 といった議論です。

 ところが すぐ隣にあるはずのMIT(マサチューセッツ工科大学)では、誰も

そんなことには興味を持ってくれませんでした。

 

 理由は ・・・ 儲からないから

 

 実際、暗号資産をめぐる マクロや厚生経済学といった観点は、およそ

お金になりませんから 誰も手をつけず、結果的に 初期の大事な仕事の

大半は 私たちの手でまとめることができました。本稿も その平易な解説

をお届けするものです。

 

 この議論の最初は、

暗号も仮想も関係ない「通貨」の本質から始まります。

 

 ドルやユーロは 広域で使用され 「グローバル通貨」と見做すことが

できるでしょう。

これに対して 日本円や韓国ウォンなどは、一定の地域でしか使うことが

できないので「ローカル通貨」と見做せます。

 デジタル通貨について留意しなければならないことは、ネットワーク

は 本質的に地域限定にそぐわず「通貨圏」概念が成立しないという本質

です(ネットワーク・カレンシーの超マンデル性:Itoetal2015)。

 

 以下では、古典的な「グローバル通貨」と「ローカル通貨」の得失を

少し紹介してみましょう。20年ほど前に 田中秀征さんから伺った事例

をご紹介します。

 

 ある南太平洋の島で、1990年代 大規模な観光開発が行われました。

第2のグアム、第3のハワイを目指せというので、多国籍観光資本が投下

され、おしゃれな リゾートホテル などが建った。当初は それなりに賑わいも

したようです。

 そこに 1997~98年の信用不安が訪れ、観光資本は 撤退し、客足

は途絶え、南の島には、微妙に煤け、手入れの行き届かなくなった

リゾートホテルと、借金の山が残された。

男たちは 仕方なく、オーストラリアに出稼ぎに行き、借金を返します。

島に残ったのは女性と子供たち、それに老人で、これらが食料の自給

なども担って 細々と生活を営むようになった・・・。

 

 そこに訪れるのが 天災であり病害虫による被害です。

 3ちゃん農業で 零細に耕作していた畑が全滅してしまうと、島は

深刻な飢餓、餓死のリスクに見舞われてしまいます。

 

 実際、第2次世界大戦中の日本軍が南方で全滅していますが、その

大半は 戦死、戦闘死ではなく 餓死ならびに 栄養失調の状況下での病死

であったことが知られています。

 

 このように、ローカル 経済が カタストロフ に直面し、餓死の危機に見舞われる

ような際、これを救うのが 「グローバル貨幣」にほかなりません。

実際、緊急援助などの手が差し伸べられ、島は 餓死の危機を脱すること

ができたそうです。

「ローカル」な危機をヘッジする「グローバル経済」の ネットワーク という

本質は、デジタル通貨建てになっても変わりません。

 米国で 機密情報を公開し、国際手配されたエドワード・スノーデンが、ロシア

から滞在許可証を発行され、ビットコインなどの形で資金援助を受け

ながら、すでに 5年以上、実質的な亡命生活を続けているのは、極めて

象徴的な事例と言えると思います。

 ネットワーク通貨は グローバルに コネクト可能で、一国政府の規制を しばしば

モノともしません。

 

ブルガリアのリンゴ/ギリシャのオリーブ

 グローバル経済の接続が あったおかげで、南の島は 餓死のリスクを

免れました。では 経済の グローバル 化は プラスの面ばかりなのでしょうか?

 

 いえ、もちろんそんなことはない。

代表的な判例として、ジョセフ・スティーグリッツの「ユーロ 批判」をかいつまんで

説明してみます。

 

 ポイントは、「 統一通貨は 必ず<一強>を作り出す 」という点に

あります。21世紀の世界は 実質的にドルが基軸通貨の役割を演じてい

ますから、相当 ヨレヨレ になったとはいえ、米国の覇権は 変わりません。

 EUの通貨統合は ドイツの一人勝ち状況を作り出しました。

 

  2010年には 全世界の億万長者は 1万人程度であったのが、2019年には

4万人ほどに増えると同時に、たった それだけの人々が、世界の富の

44%を寡占する状況が生まれているとされます。

 これらも 経済の グローバル化と行き過ぎた「新自由主義ネオ・リベラリズム

が引き起こした必然的な結果と考えることができます。

 

 モデルで考えてみましょう。

 

 いま 「ブルガリア」で生産されたリンゴを、ベルリンで売ることを

考えましょう。ブルガリアの通貨単位は 「レヴァ(Lv)」で、 1Lvは

約0.51ユーロ程度に相当します。

程度の値がついたリンゴがあったとします。

これをベルリンに運んで売ると、流通 コスト などを含めて割高になります

ので、例えば  1個  1ユーロで売ることができたと考えるとします。

 

 ブルガリアのローカル経済が、地域通貨レヴァで回っており、それを

ユーロ圏に輸出して高値で売っても、それを再び ブルガリアに持ち込もう

とする際には、為替レートに従って両替せねばなりません。

 そこで 様々な規制をかけることも可能ですから、ベルリンやパリでの

リンゴの値動きと、ブルガリアのローカル経済の間には、バッファーが

1つ入っています。  ※ バッファー(英: buffer)・・・「緩衝するもの」

 

 これに対して、ギリシャで 生産されたオリーブを考えると、状況が

変わってきます。ギリシャは 様々な政治的理由によって 「ユーロ圏」

に加わっていますが、ローカルな経済の地力は 非常に弱く、ドイツや

ベネルクスに対抗などできるわけがないのは、一目瞭然です。

 のどかな農業国ギリシャで、地中海の陽をいっぱいに浴びたオリーブ

を収穫して、それがアテネで 1キロ  1 ユーロ だったとしましょう。

 これをパリやベルリンに持って行けば、1キロ  2 ユーロ とか 3 ユーロ とか

別の価格が成立します。

 

 これが度を超すと、非常にまずいことになります。

 

 すなわち、古典派経済学が よりどころとした 「一物一価」の原則が、

恒常的に壊れていることを意味しているからです。

しかも、田舎の生産地と、消費地である大都会が 同一の通貨を使用して、

明らかに異なる値段がついていると、田舎は いくら良い品物を生産しても、

都会に上前をはねられるだけになってしまいかねません。

 同じ野菜や果物が、北海道や青森から東京に持って行くだけで、5倍

10倍といった値で売れていくとすれば、仲買などで品物を転がしている

だけでも 勝手に利ザヤを抜くことができてしまうでしょう。

 やや簡単にお話しましたが、スティーグリッツのユーロ批判、すなわち

広大な欧州圏を単一の通貨でカバーすると、経済力に勝る地域に富が

集中し、最終的には一極に収斂する「一強構造」を作り出す。

と同時に、地方との格差は 固定化、これを悪くすると、「中心」への

富の偏在と、「周縁」の貧困の永続化を生み出しかねない、ということ

になってしまいます。

 

 

 これを避けるには、

「公共性」の立場からの、様々な補償政策が必要不可欠になってきます。

 例えば、我が国における地方自治体を念頭に置くと、地方交付税

基づく地方交付金が、財政基盤の弱い自治体を補強するべく、公共性の

観点から調整の働きを果たします。

 ここで 中央政府が「公共的」に働く、というのが重要なポイントで、

これがないと、つまり 中央政府が利潤動機に基づいて 地方交付税収を

おかしな使途に回したりすると、国の バランス が崩れてしまうでしょう。

 

 こうした公共性の立場からの調整は、欧州中央銀行或は世界銀行

など、広域を扱う中央銀行に求められる絶対的な役割です。

 

 その原点には J.M.ケインズの公共性や、その薫陶を受けた E.シューマッハーの

マルチラテラル・クリアリング、さらに 後者のアイデアを反映させた

ケインズによるブレトン・ウッズ会議英国提案(ケインズ案) 」などを

通じて、戦後の IMF体制移行、グローバル金融の基本的な調整機能として、

長らく活用されてきたものにほかなりません。

 こうした調整機能は Satohi Nakamotoによる ビットコイン提案以降の

「暗号通貨」システム、そのネットワーク・アーキテクチャには、未だ 一切

含まれていないのです。

 

 ここまで 「貨幣」の一般論を見たうえで、フェイスブックのLibra

提案を確認してみると・・・

 

 全世界に17億人はいるとみられる 未だネットワーク金融にコネクト

できていない人々に フェイスブックの「Libra」は 「サービス」を

提供するとしています。

 ポジティブな面としては、ミクロネシアの島のように、グローバル経済

によって ローカルな危機に対する リスクヘッジ が可能になるでしょう。

 

 しかし、ネガティブな面としては、明らかに経済弱者である17億人が、

新たに先進国、先進県と「同一通貨」の経済にコネクトされることで、

実質的な経済上の植民地隷属状態を固定化される懸念もあることが

分かります。

 

 私たちは 2015年時点で「アフリカ開発経済」に ブロックチェーン

導入することを考えましたので、こうしたマクロにいち早く注目せざる

を得ませんでした。

 

しかし こうしたディープな話題を広く社会ご紹介するにあたって

フェイスブック「Libra」のようなデジタル通貨が登場するには、まる4年以上

の年月を待たねばなりませんでした。

 理論だけであれば先回りできますが、現実の電子経済の拡充には時間

を要した、少し早すぎたわけでした。

 こうなると、解くべき問題はハッキリします。分かりやすく標語的に

記すなら「フェイスブックLibraのグラミン銀行的展開シナリオ」といったもの

が問われることになります。

 より一般的な表現を採るなら、「仮想通貨」を安定化し、市場秩序を

維持する「金融政策」が可能なシステム構築が、2020年 暗号通貨界の

一大トピックになる可能性があるでしょう。

 しかし、ブロックチェーンのようなP2Pシステムは、すべてのノード・・・

結節点=ユーザーが平等で、特権的な銀行、信用の中心たる発券者、

中央銀行を欠いています。

 ということは、公定歩合の操作も、金融の引締めも緩和も、打つ

べき手筋が何も打てない。もちろん「地方交付金」的な調整なども、

きれいさっぱり、一切存在しない。強者はあくまで富み、弱者の富は

失われる一方となる。

 これを1990年代以降、折からの「新自由主義」の追い風が煽り立て、

たった4万人の大富豪が、全世界77億人の富の44%までを寡占する状況

に至っている。

 

 ブロックチェーンという看板を掲げると ファンドレイズは いまだしやすい

かもしれないけれど、その実 「本当に」P2Pで ネットワーク を構成してしまう

と、暗号通貨は「金融政策」の打ちようがない、手も足も出ないだるま

状態で、高ボラティリティの嵐に翻弄されるしかないことになります。

 

 フェイスブック「LIBRA」はこれを予防するとして、各国法定通貨

裏打ちとして紐づけされた「ステーブル・コイン」というコンセプトを

打ち出しています。

これは何のことはない、本位通貨制度と本質的には同じことであって、

1929年の世界恐慌以前、つまりケインズ以前の素朴な原始金融への逆行

をも意味しかねない。

 

 当然ながら対策を打つ必要があります。

 2020年、仮想「通貨」に本質的にもとめられるのは「金融政策」の

実施で持続的に(サステナブル)成長する(ディヴェロップメント)公共性の確立

にほかなりません。

 紙幅を過ぎましたので、具体的な詳細については、稿を分けて

お話したいと思います。本年も引続きどうぞよろしくお願いします。

 

                      (つづく)