地域通貨の提言

 

 田村正勝研究室 2018年

ローカル通貨による地域経済の再生

――― 家計・地域福祉・自然環境・公的財政に貢献 ―――

(1)ローカル通貨の伝統・・・経済グローバル化から地域を守る

 ビットコインなどの法定通貨ではない「グローバルな仮想通貨」が問題を引き起こしている。

他方で やはり法定通貨ではないが、地域限定の「地域通貨」(ローカル通貨)によって

「地域経済」を活発にし、さらに、これを地域福祉や環境保護に役立てるという方法も

進展している。これを発行するのは、地方自治体、商工会議所、NPO法人など様々な団体

であり、日本でも 200ほどのローカル通貨が出回っているという。

 

 アングロサクソン流の「経済グローバル化」は 基本的に「弱肉強食」の論理である故、

グローバル化で繁栄する所はかなり限定され、大部分の地域が困窮化し没落していく。

それゆえ ローカル通貨の導入は、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、

グローバル化が進んでいるアングロサクソン系の国ほど盛んである。しかし 今や世界的に

導入されて、やや古い統計でも 世界全体で3000以上のローカル通貨が展開されている。

 

 そこで ローカル通貨の基本的な循環を、たとえば「千葉まちづくりサポートセンター」

の「ピーナツ」というローカル通貨を援用して見てみよう。

介護ボランティアをした青年に、対価として 2000ピーナツが支払われる。その青年は

床屋の散髪料3000円分を2000ピーナツと1000円で支払う。床屋は 八百屋で2000円分の

野菜を買い、これを青年から受け取った2000ピーナツで支払うか、或は1000ピーナツと

1000円とを組み合わせて支払うこともできる。

 

 このようなローカル通貨が、地域内で回転速く流通すれば、地域経済は活発になるが、

そのためには 幾つかの条件が必要だ。

単純に計算するために1ピーナツは1円と換算され、域内だけで通用し、円との

交換はないということ、 第ピーナツの取引を承認する個人や業者がいること、

流通速度を速くするためにピーナツを一定期間以上使用しない場合には、減価

する仕組みとすることなどだ。

   例えば 2000ピーナツを受け取っても、1か月以上使用しなかったら、これに200円

印紙を貼らないと2000ピーナツと認められないとする。

 

 このようなローカル通貨のシステムは、世界では レッツ(LETS Local Exchange

Trading System)と呼ばれるが、その仕組みは ほとんど同じである。

これに参加するか脱退するかは自由である。第これには利子はつかず、

逆に貯めておくと減価する。第共有システムであり、情報は必ず公開され、

システム維持にかかる費用は 参加者全員で負担する

 

 (2)ローカル通貨の淵源は、「労働交換証券」

――― 日本では藩札など

 このレッツは、1830年代のロバート・オーエンの「労働交換証券」にまで遡る

ことができる。一定の労働の交換、たとえば「 私が3時間、君の庭の手入れをする

から、次は 君が私のところの介護をしてくれ」という方式であるが、これが多角的

になればローカル通貨方式となる。そして、これに「 カネは 経済の活動の最後には

消え去るべきで、貯めるようなカネは駄目 」というシルビオ・ゲゼル(1862~1930)

の思想が加わった。

 

 さて「時間泥棒」の『モモ』(1973年)で有名となったミヒャエル・エンデは、

この流れを受けて「ローカル通貨」を主張し、今日の経済システムを批判している

(『エンデの遺言日本放送出版協会2000年)。

に「 マルクスの最大の誤りは、資本主義を変えようとせずに、国家に資本主義を

任せようとしたこと 」である。第に「 今日の経済システムの犠牲者は、第三世界

人々自然 」という。そして 第に 「 パン屋でパンを買うカネと、株式取引所で

扱われる資本としてのカネとは、まったく異なった種類のものだ。これをなぜ一緒に

しているのか。これらを切り離すべきだ 」という。このようなエンデの主張もあり、

ローカル通貨が70年代以降 かなり広まってきたが、 すでに1930年代の世界大恐慌時に、

ローカル通貨が盛んとなっている。この大恐慌によって、どこの地域も苦しくなった

から、ローカル通貨で立て直しを図ったのである。

 

 日本でも 江戸時代における藩札は、地域限定のローカル通貨であったが、実は

第50代の桓武天皇(781年~806年)が 単一通貨を廃してから 100年ほど前まで、

藩札や私札など1万5000ものローカル通貨が通用してきた

現在は NPO法人「千葉まちづくりサポートセンター」の「ピーナツ」をはじめ、

「賢治の学校」の「ポラン」、「草津コミュニティー支援センター」の「おうみ」、

「シャロム」の「ハートマネー安曇野リング」等 先述の通り200ほどのローカル通貨

が出回っているが、誕生したローカル通貨は 500超にも及ぶ。 

 

 (3)ローカル通貨による食の安全と自然環境の保護

 ――― 有機農法地産地消

 大規模農法による化学肥料や農薬の大量散布が、環境問題を引き起こす。さらに

これらの散布が「土地の地味」を低下させるから、いっそう大量の化学肥料に頼る

という悪循環をもたらしている。

  これを避けるために「有機農法」が重要となっているが、有機栽培作物の認定を

受けるには、3年以上「農薬と化学肥料を使用していない土地」における栽培が必要で

ある。それ故 従来の農法から有機農法に切り替えるには、この3年間の収入をどうするか

という問題がある。

 とりわけ地域に根差した小規模家族経営の農業では、この切り替えが難しい。そこで

アメリカ のイサカ市の「ファーマーズ・コーポラティヴ」による ローカル通貨「イサカ・アワー」が、

これを可能にしている。この コーポラティヴが、3年間返済しなくてよい無利子の

「イサカ・アワー」を 農業者に貸し付けて、有機農業で自立できるまで見守る。

   また イサカ市では 地域住民が、自分の気に入った農場を選んで投資をする

「グリーン投資」により、自然環境と食物の安全を確保する方式が導入されているが、

この投資を「イサカ・アワー」ですることができる。さらには 農業移住者が入って

きた時、この3年間は返済無用かつ無利子の「イサカ・アワー」を貸与し、有機農業

を促す。

 イサカ・アワーは イサカ市の中で、通常の貨幣と同じく流通するが、最初は40人で

始めた。しかし、たちまち 400以上の商店や企業が参加するようになった。そして

発行残高は 日本円で800万円程度であるが、回転が速く1億円以上の経済効果をあげて

いる。要するに ケインズ経済の「投資乗数効果」の地域版であり、漏れが全くないから

効果も大きい。

 

 ところで 地球温暖化をもたらすCO2の排出には、工業化と海上輸送が大きく影響

している。産業革命以来は 大気中のCO2は30%も増加し、その他の温暖化ガスも同様

である。とくに 海上輸送は貿易の80%を占め、例えば ロサンゼルス港は、10年ほどで

取引量が2倍ほどになった。

  一般に 海上輸送は 質の悪い石油を使用するから、CO2の排出割合も大きい。

それゆえ「自然環境保護」のためには、「地産地消」が重要な課題となっているが、

イサカ市のローカル通貨方式は、まさに「地産地消」のお手本だ。地域の自然保護や

地域経済の活性化だけでなく、地球全体の自然環境の保護に寄与している。

 

 (4)家計と地域コミュニティ および 公的財政に役立つ

 このようなローカル通貨は、実際に 紙幣を使用する方式だけではない。例えば

旧東ドイツのハレ市には「デーマーク」というローカル通貨があるが、これは通帳の

上だけで取引をして 交換の輪を広げていく。最近では 電子マネーによるローカル通貨

も出てきた。

  他方で スイスのローカル通貨「ヴィア」は 80年ほどの歴史があり、スイス企業の

17%の7万6000社以上が参加している。それで「ヴィア銀行」まで設立された。

ところが 政府がヴィア取引に「制限」をかけた。なぜなら 全取引をヴィアでされたら、

課税のしようがないからだ。それゆえ「取引の半分まではヴィアで可能だが、それ以上

はスイス・フラン」でという組み合わせ規制となった。

 

 いずれにせよ ローカル通貨によって「地域における循環型経済」を促進し、地域経済の

活性化を図る。そして グローバル 経済から地域経済を守り、同時に地域の自然をも守る

ということである。したがって ローカル通貨の使用は、コミュニティー活動の一環

として位置づけられ、ローカル通貨で負債を負った場合には、それを「債務」と呼ばず

に「コミットメント」という。

つまり「 自分が負債を負った分だけ、他の人に何かしてあげる 」という地域共同体

の意識が強くなる。また 自然環境の保護を目指す場合も、先の「イサカ・アワー」

のように、実質的には 外から農産物を入れず、地域だけで有機栽培をし「地産地消

を進める。この点から 地域コミュニティーの結束が強化され、同時に 地球全体の

自然保護に貢献する。しかも 政府の「農業補助金」を節約させることができる。

 

 同様なことは 地域文化や地域福祉をはじめ、さまざまな領域で可能となり、国家

地方自治体の社会保障費の節約につながる。同時に個人の暮しにも大いに役立つ。

例えば 地域外で働き給料を「円」で受け取っても、日常的な地域の暮らしは「地域通貨

で可能となるから、給料の円は 地域外で使用するだけでよく、円の節約と貯蓄がその分

だけ大きくなる。唯一心配は、先述のスイスと同様な懸念であるが、これにはスイス政府

のように一定の規制をかければよいであろう。

 こうして イギリスとカナダでは、将来GDPの3分の1を「ローカル通貨」(レッツ)

に切り替えていくという主張も出ている。先述の通り 日本もかつては、ローカル通貨

が一般的であり、その歴史も1000年以上におよび、数量も種類も極めて多かった。

しかし 現在のローカル通貨の使用は、他の先進諸国に比べて低調である。けれども

今後、次第に活発となると思われる。