消費税増税のポイント還元は「どうしようもない愚策」と断言できる理由

消費税増税のポイント還元は「どうしようもない愚策」と断言できる理由

                             室伏謙一

 消費税増税の影響緩和策として目玉の一つとされているのが、消費税分の一部をキャッシュレスのポイントで還元するというものだ。しかし、これには大きな問題がある。その本質と理由を解説する。(室伏政策研究室代表、政策コンサルタント 室伏謙一)

 

消費増税のポイント還元は何が問題なのか?

 10月1日の消費税率の8%から10%への引き上げを目前に控え、駆け込み需要が一気に増えるかと思いきや限定的で、9月頭の段階で麻生太郎財務大臣をはじめ関係閣僚も増税前の大幅な駆け込み需要が生じていないことを認めている(駆け込みがないから反動減もない、などとも話しているようだ…)。

 もっとも、その理由の一つとして増税対策を講じていることが挙げられており、そもそも消費が冷え込んでいるから駆け込み買いすらもできないとは考えられていないようだ( 家計調査の結果を見ても、平成30年の平均で前年比〈季節調整値〉で実質1.0%の減少、直近の調査結果でも令和元年6月は前月比〈同〉で実質2.8%の減少、7月は前月比〈同〉で実質0.9%の減少である。なぜ消費の冷え込みという理由を考えないのか、不思議で仕方がないが、「不都合な真実」ということなのだろう )。

 さて、その増税対策、軽減税率をはじめ、いくつか用意されているが、中でも目玉の一つとされているのが、消費税分の一部をキャッシュレスのポイントで還元するというものである。これについて、8月16日の東京MXテレビの朝の番組「モーニングCROSS」の「オピニオンCROSS neo」のコーナーで批判的に話したところ、大きな反響が得られた。 もっとも、テレビ番組では時間が限られている中、口頭での説明が中心であるため舌足らずなところがあったとも考えられる。もちろんご覧になれなかった方も多くいらっしゃると思われるので、増税前のこのタイミングで、消費税増税ポイント還元の本質はどのようなもので何が問題なのかといった点について、改めて解説することにしたい。

ポイントの原資は税金で キャッシュレス決済が前提

 まず、このポイント還元の仕組みを簡単におさえておくと、消費税増税以降に、キャッシュレス決済を導入した中小店舗等において、同決済で支払いを行った場合に、税込み支払額の、中小店舗の場合は5%、フランチャイズ等の場合は2%がキャッシュレスのポイントとして消費者に還元されるというもの。

 そして このポイント、店舗が負担するのではなく、キャッシュレス決済事業者の請求に基づいて 国の補助金が交付される。つまりポイントの原資は税金である。

 一方で、このポイント還元は キャッシュレス決済が前提となっているので、対象の店舗となるためには キャッシュレス決済を導入しなければならない

 もっとも、端末導入費用の3分の1を決済事業者が負担し、3分の2を国が補助することになっているので、対象店舗の負担はゼロである。また、キャッシュレス決済の加盟店となり決済インフラを利用するにあたっての手数料は上限3.25%とされ、その3分の1を国が補助することとされている。こちらもすでにお分かりのとおり、ほぼ税金で丸抱えである。

 これらの実施に係る費用は、本年度当初予算で 総額2798億円である。

 さて、この消費税増税のポイント還元は、増税対策、増税後の消費減対策と認識されることが多いようだが、実は 国民、生活者、消費者のために進められているものではない。

経済産業省の本事業についての説明資料にも次のように記載されている。

「本支援を実施することで中小・小規模事業者における消費喚起を後押しするとともに、事業者・消費者双方におけるキャッシュレス化を推進します。」本事業により、2025年までに民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済比率40%を実現します。」

キャッシュレス決済の導入推進が 一番の目的

一応 消費喚起とは書かれてはあるものの、キャッシュレス決済の導入推進が 一番の目的であるようにしか読めない( 霞が関語の世界では、「~とともに」という接続語が使われている場合は、その後に来るものの方が重要である )。

 そもそも キャッシュレス決済によることを、ポイント還元の条件とすること自体 おかしな話だ。

 しかも、ポイント還元の実施期間は 9ヵ月限定である。やはり真の目的は、手数料負担から、中小・零細事業者を中心になかなか導入が進まないキャッシュレス決済の導入促進を図ること、と考えるべきであろう。

 別の見方をすれば、ポイント還元による集客やカード利用手数料への補助金インセンティブにしつつ、実質的には カードインフラを導入・利用することを強制しているのと同じようなものである。

 先にも述べたとおり、キヤッシュレス決済インフラ利用に係る手数料は、この期間中は 上限が3.25%で 一部を国が補助するとされているが、期間終了後の手数料設定は自由である

 極論すれば キャッシュレス決済事業者の意のままにできる。キャッシュレス決済事業者が 手数料を引き上げる可能性は否定できず、事業者の負担増は 避けられなくなる可能性が高いだろう。

 しかし、一度キャッシュレス決済インフラを導入し、お客さんも それに慣れてしまった状況で、特に 中小事業者は、手数料を上げるならキャッシュレス決済はやめますと簡単に言えるだろうか?( 優越的地位の濫用に該当する事例が出てくる可能性すらあるのではないか、との声もある。詳しくは後述 )。

キャッシュレス決済導入の実質的な強制は 

中小・零細企業に「死ね」と言っているに等しい

それ以前の問題として、キャッシュレス決済インフラを利用する以上、いずれにせよ手数料は支払い続けなければならず、それは 小規模事業者や零細事業者には そもそも大きな負担である。手数料負担に耐えられず潰れる店も出てくるかもしれない

 実際、消費税増税後の価格は 柔軟に設定できるというのが政府の理解であり、大企業については、「消費税引き上げ後、自らの経営資源を活用して~価格設定を行うことに何ら制約はありません」 とされている。つまり、増税分を価格転嫁しなければならないとはされていないということである。

 一方で 中小・零細企業は増税分を転嫁できず、粗利が減ることになるのは 確実そこに さらに キャッシュレス決済導入で手数料を徴収されたら、粗利減と合わせて5%以上利益が吹き飛ぶことになりかねない

すなわち、キャッシュレス決済導入の実質的な強制は、中小・零細企業に「死ね」と言っているに等しいということであろう。

 しかし、こうしたことについて、ポイント還元事業を所管・推進する経済産業省は、あまりにも意識が低いようだ。

 例えば、先の通常国会、4月3日の衆議院経済産業委員会における、立憲民主党落合貴之議員と世耕弘成経済産業大臣(当時)とのやりとりを見てもそれは明らかである。

 ◇

落合議員:消費税の今回の増税に合わせて、経産省としても、中小零細の事業者に対してはポイント還元を税金で補助しますよという政策が発表されました、キャッシュレス決済に関しては。

 ~(中略)~

 やはり問題なのは、消費税が10%にもなるのに、プラスして、上限規制があるといっても 3.25%、それに 3分の1補助を入れたとしても2.17ですか、2.2%の手数料。要は、10%以上、税込みの価格からそういったものを中小零細の事業者が払わなきゃいけないという、負担が 2%でも3%でもふえる。

 ~(中略)~

 このポイント還元が終わったら、手数料が また上乗せになる確率が高い、まあ、必ずしも そうなるかはわからないですが。政府の施策によって、中小零細の事業者の売り上げは 上がったとしても、負担はふえる という関係はあるわけでございます。それは しっかり、大臣、認識をされていますでしょうか。

世耕大臣:確かに、負担がふえるという面はあるだろうと思っています。ただ、今、キャッシュレス事業者は激しい小売店舗の囲い込み競争というべき状況にもなっていまして、これは キャンペーンということになりますが、一部のQRコード決済事業者は、手数料当面ただ というような施策もとっているわけであります。

 ですから、まずは そういった競争で かなり手数料といったものが引き下がっていくんじゃないか。我々のポイント還元策が終わった後、もとへ戻します、例えば 7%に戻しますよ というようなクレジットカード事業者は、その後 どうするのかな というふうに思いますけれども、そういう競争があるということ。

 もう一つは、じゃ、そういうことがないとしても、一定の手数料の負担は出てくるわけであります。今度、決済事業者が、その手数料に見合う付加価値をどのように提供するかだと思っています。

 ~(中略)~

 キャッシュレスが きちっと普及をしていけば、例えば、この間も、私、オールキャッシュレスの飲食店に行きましたけれども、そうすると、いわゆる レジカウンターがないんですね。その分 そこに客席を数席置けるということで、それだけでも やはり売り上げのふえる要因になる。

 ですから、キャッシュレスを通して 小売店の生産性を高めていく、そのことによって 手数料分を上回る利益が 小売店に渡るようにするという考え方が重要ではないかと思っています。

 ◇

 競争が起こるから大丈夫、生産性向上というメリットがありうるなど、中小・零細事業者の実態を踏まえない、なんと的外れな答弁であろうか。

消費者のためにならないばかりか 

中小・零細事業者をかえって苦しめる

落合議員は 続けて手数料に関し、先にも触れたキャッシュレス決済事業者の優越的地位の濫用の可能性について質問している。

公正取引委員会の杉本和行委員長は、個別の判断になるとしながらも、一般論として、「 自己の取引上の地位が加盟店に対して、加盟店のキャッシュレス決済事業者に対する取引依存度、キャッシュレス決済事業者の市場における地位、加盟店の取引先の変更の可能性等を総合的に勘案して優越していると判断されるキャッシュレス決済事業者が、一方的に手数料を上げているとかいうことにより、加盟店に対して 不当に不利益を与えるといった場合には、優位的地位の濫用として独占禁止法上問題となるおそれがあると考えている 」と答弁している。

 今回の消費税増税ポイント還元事業は、あまり消費者のためにならないばかりか、中小・零細事業者をかえって苦しめることにつながることが、こうした質疑からも明々白々となっているのだ。

 では、どうして そうまでして、中小・零細事業者が苦境に陥る可能性があるにもかかわらず、消費税増税対策にかこつけて キャッシュレス決済の導入を推し進めようとするのだろうか?

 キャッシュレス決済を巡る日本、特に永田町や霞が関の認識に 一つの問題があるのではなかろうか。

キャッシュレス決済が進んでいる中国と比較する意味があるのか

  キャッシュレス決済の導入の話になると、導入が進んでいる中国と比較されることがとかく多い。

 しかし、中国の場合は、偽札が流通していることなどから 通貨に対する信頼が低い、盗難に遭う確率が高いので現金を持ち歩きたくないといった事情があって利用されているという面が大きい。

 加えて、導入を推進する中国政府は 中国政府で、国民の金の流れを把握するために進めている と聞いている。

 いずれにせよ「 中国であんなに進んでいるのだから日本でも! 」などという類の話ではないということだ。

 ところが、どうも多くの日本の政治家や官僚は「 日本はキャッシュレスの導入が遅れている 」と思い込んでしまっているようで、それに対して反論する政治家も少ないため、結果的に この事業の追い風になってしまっているのだろう。

 そして こうした状況を、キャッシュレス決済事業者が 上手に利用して、キャッシュレス決済導入促進策としてのポイント還元事業を押し込んだのではないか との話もあるくらいである。

 つまりは、消費税増税ポイント還元事業は、端的に言えば、ひとえに キャッシュレス決済インフラを提供しているプラットフォーマーのビジネスのためのものなのではないか ということである。

キャッシュレス決済プラットフォーマーは 

しっかり利益を確保するという構図

もし そうであれば、こうした状況を活用したキャッシュレス決済事業者以上に、誤った認識の下、本事業の追い風、推進力となった政治家や官僚は、なんと情けないことか。

 むろん、キャッシュレスは 現金のインフラがあって それを補完する形であればいいのであって 大きなお世話だ。ポイント還元は 時限的であり面倒くさいといった声も聞かれ、特に クレジットカード業界では あまり歓迎されていないとの話もある。

 しかしいずれにせよ、このデフレ不況期に キャッシュレスを促進してしまったおかげで、中小・零細企業が損を被ることになり、一方で キャッシュレス決済プラットフォーマーは しっかり利益を確保するという構図が出来上がってしまうことになるのであれば、とんでもないことである。

 加えて、「 粗利が減る以上の生産性向上をさせなくてはならない 」「 それができない企業は退場すべきだ 」といったような勇ましい意見も今後出てくるかもしれないが、このデフレ不況期に地方で踏ん張ってがんばっている中小・零細事業者に それを求めるというのは酷な話である。

 実際、筆者が よく知るある地方の飲食事業者からは「 政府は キャッシュレス導入促進で地方の中小・零細事業者を絶滅させようというのか 」といった悲鳴が聞こえてきている。

 こうした社会経済を混乱させる措置まで講じる必要がある消費税増税は やめるべきであり、将来的には 税率引き下げや廃止も検討すべきであるが、10%への増税は 目前であり、もはやひっくり返らない。

 そうなると、少なくとも、キャッシュレスについての誤った認識や幻想を、国民の側がなくしていき、正していくこと、さらには、キャッシュレス決済の推進は、回り回って 自分たちの首を絞めることになる、そう認識しておくこと、それが第一歩ではないか。